高齢者の「その人らしさ」を取り戻すための作業療法がここにある!
高齢者のその人らしさを捉える作業療法
大切な作業の実現
内容
序文
主要目次
☆図版49点,表組65点,モノクロ写真23点
高齢期の作業療法をどのように教えていいのかわからない……
ある会議でそんな養成校の教員がいるという話を耳にした時,私にとって「驚き」と「やはり」という感情が同時に芽生えたのを覚えている.加齢にともない徐々に低下していく身体と精神の機能,バリアフルになっていく物理的・社会的環境.例え,脳卒中や認知症等の発症がなくとも,その人の大切な「作業」が奪われていく.それが高齢者の特性であり,その高齢者が作業的存在でありつづけるための支援をするのが高齢期の作業療法である.機能の低下をくい止める,あるいは予防することだけを作業療法の役割と考えてしまえば,疾患別の作業療法と高齢期の作業療法の区別がつかなくなるのは当然であろう.
そして,高齢者には本人が長い年月をかけて積み重ねてきた唯一無二の作業ストーリーが存在する.同じ地区に生まれ,同じように農業に勤しんだ同年代の男性であっても,取り組んできた「作業」の意味まで全て同じであるということは決してない.つまり,高齢者が長年培ってきた力強い作業ストーリーは,「その人らしさ」そのものなのである.作業療法では,そのストーリーを引き出して共有し,大切な「作業」を実現することで,対象者の「その人らしさ」を取り戻す必要がある.そこが単なる維持期の作業療法とも異なる,高齢期の作業療法で強調されるべき大きな特徴である.
近年,わが国では,クライエント中心の作業療法や作業選択意思決定支援ソフト(ADOC)を用いた実践などのOccupation-Centered,すなわち対象者の「作業」を大切にする実践が若い世代を中心に注目されている.日本AMPS研究会によるAMPS講習会は,毎回早々と定員に達すると聞くし,2013年に開催された第23回日本作業行動学会学術集会や第17回作業科学セミナーは非常に盛会であった.手前味噌ながら,本書の執筆者らで立ち上げた日本臨床作業療法学会の第1回学術大会では,若手による多数の演題登録や事前参加申し込みにより当日参加が不可能になってしまったことからも,彼らの「熱気」を感じ取ることができる.これらは国家試験の出題基準が変更されたことも影響しているかもしれないが,若手セラピストが作業療法の核は「作業」にあることを強く意識し,SNSを活用しながら理想とする実践を探し求めた結果ではないだろうか.
広島大学大学院時代の恩師でもある宮前珠子先生(現聖隷クリストファー大学教授)は,新しいパラダイムが受け入れられて一般化されるまでに30年前後かかると述べている.1963年にわが国最初の作業療法士養成校が発足してアメリカの還元主義的パラダイムが輸入されてから,1990年代に日本作業療法士協会による作業療法学全書(協同医書出版社)が出版されるまでを日本の還元主義的パラダイムだとすると,山田孝先生(現目白大学大学院教授)によって人間作業モデルの初版が翻訳出版された1990年には,Occupation-Centeredの新しいパラダイムが萌芽したと考えられる.つまり,宮前先生の見解に従えば,現在は新しいパラダイムの完成期にあるため,若手セラピストが「作業」を大切にする実践に取り組むのは当然の流れといえる.
2008年より,日本作業療法士協会はその人の生活行為(作業)の問題を改善させるための支援方法として生活行為向上マネジメントを開発・推進しているが,これもわが国における新しいパラダイムの定着を示すものであろう.しかし,このパラダイムを一般化するためには,多くの教科書的書籍が必要である.冒頭に述べた高齢期作業療法の教授法に関する問題もつまるところはここに起因する.そのような状況の中,作業療法技術ガイドの分担執筆をしていたことがきっかけで,文光堂の三村嘉之氏より書籍出版のお話しをいただいた.三村氏からは「その人らしさ」のような主観的側面を重視した作業療法の書籍を,翻訳本のようなものではなく「オリジナリティ」の高い内容で,現在の実践を良く知る「若手」に執筆して欲しいという要望があった.
このような主旨に編集協力の藤本一博氏をはじめ,多くのメンバーからの賛同が得られ,本書は完成した.私にとっては初めての編集作業であり,執筆経験の少ないメンバーもいることから,不十分な点が多々あることは承知している.ぜひ,先輩諸氏からのご指導をいただきたいと思う.しかしながら,執筆者の一人である齋藤佑樹氏が2014年3月に作業で語る事例報告(医学書院)を編集・出版し,好評を博している.これには私も大きく勇気づけられた.同世代の私達がわが国の「作業」を大切にするパラダイムの定着に寄与し,次のパラダイムの萌芽に何らかの貢献ができるのであれば,このうえない幸せである.
本書では,高齢者の「その人らしさ」を捉えて支援するために必要な概念や方法をわかりやすく読者に伝えることを意識している.I.総論で,その人らしい作業の捉え方と大切な「作業」を実現するための方法を概説し,本書を読んで実際に「真似」ができるよう,重要な観点をII.情報収集編とIII.実践編に分けて詳しく説明した.特に,理論と実践が乖離する要因となりやすい情報収集方法に関しては,既存の評価法のみではなく,会話や観察などの自然な場面から対象者を捉えられる非構成的評価について多くの紙面を割いた.実践編の最後では,その人らしい「施設生活」と「在宅生活」へのアプローチを紹介したので,高齢者の包括的な支援の参考にして欲しい.
最後に,不慣れな編集作業で工程に大きな遅れを出したにも関わらず,真摯に作業をしてくれた藤本一博氏と分担執筆者の友利幸之介氏,澤田辰徳氏,南征吾氏,島谷千晴氏,齋藤佑樹氏,上江洲聖氏,篠原和也氏,小林隆司氏に深謝の意を表したい.このメンバーとの活動は,私の視野を大きく広げ,作業療法の素晴らしさを再認識させてくれた.また,秋田大学医療技術短期大学部の恩師で,作業行動の重要性を説き,作業療法士として,大学教員として私を導いてくれた山田孝先生の存在なくしては,本書の出版はなかった.この場を借りて心からお礼を申し上げる.
2015年2月
籔脇健司
1.その人らしい作業の捉えかた
2.大切な作業を実現するための方法
II.情報収集編
1.その人の役割・生きがいを知る
コラム 「作業療法ができる」環境をつくる─回復期リハビリテーション病棟の現場から─
2.その人の生活習慣を知る
3.その人の興味・関心を知る
コラム 私が苦労したこと─SIG運営の現場から─
4.その人の価値観を知る
5.その人の「できる」と思う気持ちを知る
6.その人を取り巻く環境を知る
6.その人の生活のバランスを知る
7.その人の生きてきたストーリーを知る
コラム 私が努めたこと─終末期リハビリテーションの現場から─
III.実践編
1.生活習慣とバランスへのアプローチ
2.役割や生きがいへのアプローチ
コラム 私が着目したこと─訪問リハビリテーションの現場から─
3.興味・関心と価値観へのアプローチ
4.「できる」と思う気持ちへのアプローチ
5.取り巻く環境へのアプローチ
コラム 意味ある作業を見つけて,取り組むことの重要性─介護老人保健施設の現場から─
6.生きてきたストーリーへのアプローチ
7.その人らしい施設生活へのアプローチ
コラム 私が作業療法をするために工夫したこと─介護老人福祉施設の現場から─
8.その人らしい在宅生活へのアプローチ
索 引