骨髄病理における「組織構築」をいかに読み解くかがわかる!診断に必要とされる基礎力を涵養する指南書!!
骨髄組織病理学
骨髄標本の見方と考え方
内容
序文
主要目次
念願であった「骨髄組織病理学」の上梓が叶った.数多ある骨髄病理の素晴らしいテキストと明確に方向性を異とし,本書は骨髄を細胞の集合体としてではなく「組織」として評価することを主眼とした.また,骨髄病理を専門としない病理医,あるいは骨髄病理初学者のために,造血器疾患に対してどのようにアプローチし,病理診断報告書に何を記載すべきかをできるだけ平易にまとめ,そのために大きく章を割いた.骨髄病理に造詣が深い専門家には冗漫で,浅い内容と感じるかもしれない.本書はレファレンス本として書かれたものではなく,通読により骨髄病理の全体像を概観していただくことを願って書いた.まずは第2章から読み進めていただくと,骨髄組織病理で何を知ることができ,造血はどのようなシステムで制御されているか,おぼろげにも見えてくることを期待している.細胞と組織の本質の違いに,組織は「システム」を書き記した設計図を構築として表現することであると考える.この考え方の背景には著者の骨髄組織病理個人史があるので,簡単に振り返ってみたい.
著者が病理学教室の門をたたいたのは昭和57年(1982年)である.名古屋大学,名古屋第一赤十字病院の病理解剖を多数執刀したが,骨髄移植(造血細胞移植)黎明期であり,多数の患者が病理解剖に付された.多臓器に複雑で多彩な病変が生じ,初学者にとっては難敵かつ教科書のない世界であった.骨髄はその主戦場であるにもかかわらず,多くはほとんど細胞がない焼け野原状態であった.この細胞のない骨髄が著者の理解の出発点であり,細胞ではなく組織として骨髄を考える原点である.細胞で満たされた骨髄が出発点であったなら,細胞形態の評価が難しい組織より,骨髄細胞を細胞学的に追求したであろう.それは多くの骨髄病理研究者がたどる道である.結果として,ごちゃごちゃと材料が積み上げられたうえに家を建てるより,更地に家を建てる方がはるかにその姿を想像しやすかったのである.
理解を決定的に進めたものは染色技術である.平林紀男先生(名古屋大学病理部,名古屋第一赤十字病院)は骨髄病理の師であるが,Naphthol AS-D chloroacetate esterase染色を組織標本に応用し(Leder法),ギムザ染色を重染色するAS-Dギムザ染色を開発した.本書でも,その優れた染色による写真を多く採用している.この染色により,HE染色では不明瞭な,造血細胞の系統別の認識が極めて容易となった.すなわち,赤芽球,顆粒球,巨核球,リンパ球・組織球がこの染色で識別可能となった.諸外国の骨髄病理研究者に我々の標本を見せると,まず通常のHE 染色ではないことに戸惑い,引き続きその染色の有用性に驚嘆した.それは同好の志であるがゆえ,理解が早い.機会あるごとにこの染色の有用性を説いてきたが,多くの施設で我々の標本より優れた染色を目にする機会が増えたことは実にうれしい.HE標本を前に長時間呻吟するよりこの染色を取り入れることが先決である.
また免疫組織化学の進歩は細胞形質を確認できることで,詳細な細胞学的理解を組織標本上で再現できるようになった.分子病理学的解析も組織標本を用いることで,見たい細胞,領域でその異常を把握できるため,極めて少数の異常細胞でも組織標本では再現が可能である.
その後,小児造血不全中央診断に加えていただき,また多数の骨髄増殖腫瘍を検討する機会をいただいたことで,骨髄疾患の骨髄病理組織に対する理解は飛躍的に拡大した.それらの経験を還元するために本書は意図された.
様々な新規技術を駆使することで,形態・表現形質・遺伝子異常を複合し,評価する今日的な病理診断学に到達可能となった.いかなる手法が利用可能であっても,組織構築に刻印されたシステムを読み解くことが重要で,手法はあくまで客観化するための手段である.本書は可能な限り組織構築をどう読み解くかに力点を置いたつもりである.
WSIを用いた病理標本のデジタル化により,展開する画像,観察者の視点での追跡が可能となり,簡便にエキスパートの見方を知ることができるようになった.同じシュプールを追うスキーヤーのように,見かけ上はスムーズに標本を観察することが可能になる.しかし,熟練者のシュプールには背景の深い洞察に基づく必然があって構成される.本書は実標本を観察することを念頭に置いて記載されており,検鏡と記載とを引き比べることでより深い理解が得られたならば幸甚である.
本書はWHO分類第5版(造血器腫瘍)にほぼ準拠して記載したが,著者の造血システムに対する視座をもとに編まれており,視点の異なる研究者には批判あるいは成書と異なる記載であると訝られるかもしれない.批判は甘んじて受け,理解を深める努力に資するものとする.引用論文は可能な限り新しい総説を中心にし,個別事象の初出論文などは科学的価値が極めて高いが,レファレンス本ではないためその多くを割愛した.他の優れた成書を参照されたい.
本書は友人である中村直哉先生と協力して作り上げることができた.中村先生は骨髄病理診断に対する理解を普及させるうえで極めて重要な会である東京骨髄病理研究会を永年主催してきた.あらためて感謝したい.極めてマイナーな領域であり,出版は厳しいと考えていたが,文光堂鈴木貴成氏には出版までのすべてをサポートいただいた.深く感謝したい.病理医,骨髄病理研究者として,多くの先人,同僚,仲間に支えられ,ひたすらに自分の好きな領域を極めることができた.本書は多くの支えによるもので各人に謝するべきであるが,著者に免じていただき,本書に画像を提供いただいた岩淵英人(静岡県立こども病院),濱 麻人,郡司昌治(日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院),野沢和江(聖路加国際病院)諸氏のみ記す.
2023年5月
伊藤雅文
第2章 造血パターンからの鑑別診断の進め方
第3章 造血不全症
第4章 非腫瘍性赤芽球系疾患
第5章 非腫瘍性白血球系疾患
第6章 非腫瘍性巨核球系疾患
第7章 骨髄増殖性腫瘍(MPN)
第8章 骨髄異形成腫瘍/骨髄増殖性腫瘍(MDS/MPN)
第9章 骨髄異形成腫瘍(MDS)
第10章 急性骨髄性白血病(AML)
第11章 骨髄におけるリンパ球系腫瘍
第12章 樹状細胞・組織球腫瘍
附録 資料1 骨髄の免疫染色に有用な抗体一覧
資料2 AS-Dギムザ染色の流れとトラブルシューティング
資料3 パラフィン組織標本のFISH法
索引