臨床での本当の問題はセラピスト自身の「体」と「心」の動きにあった!
運動器リハビリテーション新時代
セラピストの動きの基本(電子版のみ)
内容
序文
主要目次
☆図版33点,表組18点,モノクロ写真76点
身体機能を扱うセラピーは,後療法という体の機能だけを対象としていた時代から,心理,社会との兼ね合いも含めた,運動器リハビリテーションへと発展し,対応も経験を重んじてきた時代から,事実(データ)を踏まえた対応への時代へと進んできた.どの時代も,身体機能を扱うセラピストの思いは同じであり,クライアントの心身の健康を望むものである.今の時代もそれは変わることがない.
経験を重んじた時代は,当然のことながら信頼性,妥当性の観点から十分な対応とはいいがたいものであることが多く,また経験に基づく対応で期待される結果が得られたとしても,実際には偶然であるのか,必然であるのかもわからず,より的確な対応を図るためには,根拠に基づく対応の必要性が求められた.
以後,医学的根拠を基本として,適切かつ平等な対応を図り,また機器などの発展は,これまで解明できなかった事実の確認を可能とし,その結果から導き出された知見ならびに技術や機器そのものを扱うことにより,より細やかに,より焦点の絞られた対応が行えるようになった.
しかし,科学の本質である事実の検証が,いつの間にか物事の是非を問う基準として扱われ,事実から導き出された仮説であったはずのものが,いつの間にかあたかも真理のように扱われ,身体機能に対するセラピーの揺るがない大前提として位置づけられているものも多い.
データに基づく対応とは,あくまでもデータであり,情報であったはずが,セラピストの思い込みを強め,理想の押しつけ,あるいは対応の画一化を生む傾向が強くなり,クライアント中心ではなく情報中心のセラピーとなりかねない状態となっている感がある.
セラピーは,あくまでもクライアントから始まるもので,時と状況により,さらには個々の能力の違いによって,適切なる対応は異なる.また,セラピーには,経験もデータも大切な情報であり,それを如何に活かしていくかがポイントとなる.
現代は情報が氾濫する傾向が強く,どのように情報を扱うべきか,時に情報により迷走させられてしまうことも多く,どのように氾濫している情報を取捨選択し,より適した対応を選択するための情報とするかが大切となっている.
そして,今後ますます情報が増え続けてゆくであろうなか,しっかりとなすべきセラピーを実施するためには,セラピストは,統合的な見地からその場の,その瞬間に必要な行動を選択していくべき時代となりつつある.そのためには,単に知識を高め,技術を研鑽するだけでは十分とはいえず,セラピストとしての情報の受け取り方,利用の仕方が重要となる.
情報を受け取るのはセラピストであり,それを利用するのもセラピストであるということは,もっとも大切なことであるが,それはセラピストである自分自身に目を向けるということになる.これまでも,このことの重要性は指摘されてきた.
しかし,その手法は,認知されている情報だけであり,認知されていない情報は無視され,時に,すでに自分のなかでできあがっている価値判断のみで,物事の選択がなされていることに気づかず,何の疑いもなく正当化していることも多い.
「この学術誌に掲載された論文であるから正しいであろう」,あるいは「この教科書に書かれているから正しいはず」といった思い込みや,さらに健側と比較するなどは,単なる比較であるはずが,症状を訴えていない側を,勝手に正常であると思い込み比較していることなど,例をあげたら切りがない.
そして,一番問題なのは,気づくことなく価値判断が行われ,行動が選択されていることである.これまでも,これらの問題に対し認知・メタ認知というかたちでセラピスト自身に目を向けることの重要性が指摘されてきたが,その場の,その瞬間に認知・メタ認知に意識を向けられないことが問題となっている.これまで,経験に基づく根拠,科学的根拠,そして,事実を踏まえた根拠など,適切な行動を選択するための対策が講じられてきた.しかし,認知・メタ認知も含め,これらはあくまでも過去を振り返り,今に反映させようとするものであり,今,この瞬間をどうとらえ,あるいはどうとらえていたかについての問題には,介入しがたいものとなっていた.
この部分に介入できるのが身体心理学をもとにした対応と考える.
心と体の動きは,必ず体で刺激を受け取り,すでに自分のなかにつくられた価値判断を介して生じることから,身体心理学はさまざまな心身の問題を扱う際にも,この無意識に意識を向けることの重要性をあげている.そして,体で受け取った刺激から生まれる,心と体の動きに意識を向けることで,無意識に意識を向けるきっかけとなり,理解の前の気づきを得るという,無意識へのアクセスの実際を示している.
本来は,クライアントの行動変容を促すことを目的として,また近年は,心理学のなかでも注目を集めてきたが,受け手側だけではなく,与える側にとっても非常に重要であることが指摘されている.
身体機能を扱うセラピストも,セラピスト自身の無意識への意識の大切さはもともと理解されていたものの,実際にどのような準備が必要で,どのような流れであるのか,それを示すことは非常にむずかしかった.
本書は,これまでの書とは大きく異なり,身体機能を扱うセラピストへ焦点をあて,知識,技術を活かすための準備,つまりセラピストとしてのスタートラインに立つための,自分自身の扱い方について再考するきっかけをつくるものである.
構成は,前半で身体機能を扱うセラピストにとって,自分自身に意識を向けることの重要性を再確認し,また臨床に即し実際の例をあげ,自らの臨床への応用を促すことを目的としてこれらを取り上げ,後半は,身体心理学について説明し,クライアントに対しても,もちろんセラピスト自身の練習として使われるべき,呼吸法,筋弛緩法,タッチング,そしてマインドフルネス,さらにコミュニケーションについて触れた.
特に,身体心理学では,体験を通ずることを重要視しており,理解するのではなく,まず体験して,自らの心と体の動きに目を向けることを大切にしており,知識としてだけではなく,是非,自らが体験し,臨床の役に立てていただければと考える.
身体機能を扱うセラピーは,統合的見地からの対応が求められる時代となり,クライアント,あるいはクライアントを取り巻く社会だけではなく,セラピスト自身に目を向けなければならない時代となっている.
これを機に,もう一度,セラピストである自分自身に目を向け,知識,技術を使いこなすための,スタートラインに立つべく本書を活用されることを願う.
2014年4月
山口光國
春木 豊
1 身体機能を扱うセラピストとしてのスタートライン
1 セラピストとしてのスタートライン
2 身体心理学を基本とした対応
3 臨床で必要となる対応
4 セラピストである自分への対応
2 セラピーの基本的な目的
1 セラピーとは?
2 ヒューマンエラーの観点からセラピーに期待される結果
3 セラピーの基本理念に関する歴史
4 セラピーの対象範囲
3 セラピーに必要な体と心の動きの基本事項
1 クライアントへの対応に関する知識
2 セラピスト自身に関する知識
4 臨床に立つための基本事項
1 相互の影響を考える
2 思い込みに支配されないために
5 臨床における実際例
1 セラピストの役割
2 興味ある情報だけに意識を向けない
3 事実と思い込みを分離させる
4 事実に対する意味を見出す
5 不適切な行動を排除し,考えられる選択肢を残す
6 行動の優先順位をしっかり把握する
II セラピストを支援する心理学
1 心理からの運動器リハビリテーションへの提言
1 運動器リハビリテーション
2 運動器リハビリテーションと身体心理学
3 気づきと身体心理学
4 コミュニケーションと身体心理学
2 身体心理学の概要
1 体について
2 動きについて
3 心は動きから生まれた
4 心について
5 心と動きの因果関係を知る
6 動きと感覚,気分との関係
7 動きがもたらす対自効果と対他効果
8 身体心理学の意義
3 体と心のトレーニング ①呼吸法
1 呼吸法がもたらす体と心の変化
2 呼吸法の歴史的考察と知見
3 呼吸法の実際
4 呼吸法の留意点
体と心のトレーニング ②筋弛緩法
1 筋弛緩法がもたらす体と心の変化
2 筋弛緩法の歴史的考察と知見
3 筋弛緩法の実際
体と心のトレーニング ③タッチング
1 タッチングがもたらす体と心の変化
2 タッチングの歴史的考察と知見
3 タッチングの実際(ハンド&アームケア)
4 タッチングの留意点
4 マインドフルネス ①マインドフルネスとは
1 気づきの意味
2 気づきの心理
3 マインドフルネスの定義
4 マインドフルネスの定義の核心
5 マインドフルネスにおける注意の向け方
6 マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)
7 気づきの意味
8 気づきの方法
マインドフルネス ②マインドフルネストレーニング
1 マインドフルネストレーニングを始めよう
2 マインドフルネストレーニングで意識すること
3 自己への思いやり
4 トレーニングの方法
5 マインドフルネストレーニングとうまくつき合うために
6 結局マインドフルネストレーニングは何に効果があるのか?
5 コミュニケーションの基礎
言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーション
1 コミュニケーションのあり方
2 コミュニケーションの種類
3 非言語的コミュニケーション
4 人間関係を良くする非言語的コミュニケーション
5 非言語的コミュニケーションの意味
索 引