1975(昭和50年)ころ,京都府立医科大学で学長の職にあられた佐野豊氏は,その慧眼で本書Taschenatlas der Anatomie(初版)について,それが“それまでに無い新しい形式のアイディアにあふれたアトラスであり,図はやや模式化されてはいるものの,鮮明な色刷りで説明もかなり詳しく,図と説明が対向ぺージに配置されており,学生の学習に便利なように考慮されている”ことを見抜き,本書の翻訳を,東京都神経科学総合研究所で筆者の同僚として,解剖発生学研究室の創設に当たっておられた故越智淳三博士にすすめられた.その後,越智博士は滋賀医科大学に移られたが,昭和54年秋に日本語初版が刊行された.この間の事情については,解剖学アトラス/ Werner Kahle[ほか]著;越智淳三訳,東京:文光堂,1981(昭和56年)に載せられた越智博士による「訳者あとがき」に詳しく記されていた. 現在刊行されている第6版「分冊解剖学アトラス」Ⅰ運動器Bewegungsappara(t W. Platzer),II内臓Innere Organe(H. Fritsch とW. Kühnel), III神経系と感覚器Nervensystem und Sinnesorgane(W. KahleとM. Frotscher)からは訳者が筆者に代わり,脚注の解剖学用語やその他の用語が,これまでのラテン語,ドイツ語から使用頻度が高い英語に変更されるとともに,II内臓に,「妊娠とヒトの発生,発達」が書き加えられた.この他にも多くの内容が追加,さらに補筆され,「臨床関連」の拡充が図られた.III神経系と感覚器では,近年恐ろしい程の勢いで発展しつつある神経解剖学の研究方法について言及せざるを得ず, 臨床関連では最近の撮像法について放射線診断学者の協力を仰いだ. 今回は,Ⅰ,II,IIIの内容を一冊にまとめ,各分冊に分かれて記載されてはいるが,相互に関連の深い内容をより検索し易くするために,文光堂編集部により総合索引が作成されたことは,本書の利用価値をさらに高めるものであると予想させる.これに加えてこれまで編集部に寄せられた質問事項に応えるべく若干の加筆・訂正を行った部分もある. 今回の大型一冊本の刊行に際しては,筆者は不十分な段階ではあるが,視覚に障害のある方にとって読みにくい内容が文章に含まれていないかをチェックする,いわゆるアクセシビリティチェックを試みた.これは筆者がこれまで関わってきた新潟県立新潟盲学校理療科そして沖縄県立沖縄盲学校での解剖学の講義,そして解剖実習見学での経験を踏まえての試みである.残念ながら今回では十分意を満たせなかったが,今後改版の機会を通じて,是非この方向への努力を推し進めたく思っている.