肩関節疾患は画像診断ではわからない!? 本書を読めば,診療,診断がシンプルにできるようになること間違いなし!
シンプル思考で診る肩
4つの安定化機構から考える
内容
序文
主要目次
書評
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例)p23,図4 肩関節外転抵抗運動時の肩甲骨運動(左肩:健常側)
肩関節疾患は多くの整形外科医,特に卒後間もない経験年数の浅い医師から,診療が難しい,苦手だ,という声がよく聞かれます.理由は,症状がいくら激烈でも客観的データである画像に何も表れないことがあるからと考えられます.実際,いわゆる四十肩,五十肩である肩関節周囲炎では,レントゲンでもMRIでも超音波でも何ら明らかな所見が見つけられないことがほとんどでしょう(実際はわかりますが).そんな肩関節疾患の診断と治療が苦手な医師をはじめとした医療従事者に肩関節が身近になり,診察,診断そして治療方針までも単純明快シンプルになることを目指して本書を執筆しようとしたのが始まりでした.
しかし,肩関節疾患に関わる人は医療従事者だけではありません.医療従事者のほか,野球をはじめとしたスポーツの指導者,選手や肩痛に悩む患者さんまでも含めた肩関節治療に関わることになったすべての人に向けて本書を執筆すると決めました.画像,イラストや表を多く使い,表現も医学専門用語は最低限にする,あるいは用語を解説するようにし,くだけたわかりやすい表現としました.索引を多くして,読者のストレスを減らすようにもしました.肩関節を身近に感じ,興味深い関節であることを伝えるのが本書の目的です.
肩関節は肩甲骨関節窩と上腕骨頭との関係が,いつでもどんなときでもよくないといけません.関係性がよければ,お互いを刺激し傷つけ合うことがありません.それだけです.実にシンプルなことなのです.よい関係とは,神様がくれた見事なまでに完璧な骨同士の適合性を保つことです.この適合性が保たれていれば,人生を終えるまで肩の痛みに悩まされることはないといっても過言ではありません.肩甲骨と上腕骨は,夫婦や恋人同士といった人間関係によく似ています.両者の関係は調子のいいときは常に完璧,しかし常に不安定な状態に陥る可能性をもっています.しかも,いとも簡単に.
そこで,両者の関係を良好に保つ何かが必要.それが本書で紹介している4つの安定化機構なのです.肩関節の安定化機構が機能していれば肩甲骨と上腕骨は良好な関係を保ち,それによって人体で最も可動域を有する機能を大いに発揮することができるのです.逆に4つの安定化機構のうちいずれか一つでも破綻してしまえば,両者は悪い意味で刺激し合い,お互いを傷つけてしまう関係に変貌してしまいます.様々な組織損傷,病態を引き起こすのです.4つの安定化機構を考えることで肩関節疾患の診察,診断そして治療は実にシンプルになり,そして治療がうまくいくことで患者さんから最高の笑顔を引き出すことができるのです.本書を読むことで,肩関節疾患に向き合うことが苦手から逆に簡単に,そして楽しくなってくるはずです.
令和6年4月吉日
西中直也
1.特徴1.肩関節は浮遊関節
2.特徴2.肩関節は複合関節
3.特徴3.肩関節機能は体幹との共同作業
Column 1 肩に優しいrestingポジショニング
第2章 肩関節の安定化機構
1.第1の安定化機構:静的安定化機構
2.第2の安定化機構:動的安定化機構
3.第3の安定化機構:肩甲胸郭関節による安定化機構
4.第4の安定化機構:メカノレセプターの寄与
第3章 肩関節を障害に導く諸悪の根源─肩甲骨の異常運動─
1.健常肩がもつ最高の肩甲上腕リズム
2.肩甲骨の異常運動はscapula reverse,シュラッグ,scapula wing
3.実際の健常肩の肩甲骨機能と障害肩の肩甲骨異常運動
4.徒手抵抗テストの意義と有用性
5.テストの結果として観察される肩甲骨異常運動
6.肩関節は肩以外の体幹からの影響を多大に受ける
7.諸悪の根源の対処法
Column 2 肩の外見は一緒でも中身は千差万別
Column 3 肩こりもちはシュラッグもち
第4章 安定化機構の破綻による病態,代表的疾患
1.肩峰下インピンジメント
Column 4 上腕骨頭の前上方偏位
2. 五十肩
Column 5 腱板疎部・腱板疎部損傷という言葉はもう使わない?
Column 6 腱板疎部の拘縮は,徒手授動術では対処不能
3.腱板断裂
Column 7 Keegan麻痺がたくさん紹介されてくる
Column 8 術後腱板断裂が起こるとき
4.リバース型人工肩関節置換術
5.上方関節包再建術
6.投球障害肩
Column 9 投球すれば関節内インピンジメントは当たり前?
7.肩関節脱臼
Column 10 てんかん発作による脱臼のすさまじさ
8.多方向性肩関節不安定症
9.肩鎖関節脱臼
10.石灰性腱炎
11.胸郭出口症候群
第5章 肩関節の画像診断─画像所見に乏しい肩関節.解剖学的損傷診断とともに機能診断が重要─
1.レントゲン
2.MRI
3.MR関節造影(MRA)
第6章 肩関節リハビリテーション
1.リハビリテーションプロトコール
2.リハビリテーションの実際
Column 11 肩はなぜ夜間に痛いのか⁉
各病態に対する徒手検査法
1.肩甲骨(肩甲胸郭関節)機能不全・腱板機能不全のテスト(第3章4)
2.肩峰下インピンジメントのテスト(第4章1)
3.関節内インピンジメント・投球障害肩のテスト(第4章6)
4.不安定性・動揺性のテスト(第4章7,8)
5.肩鎖関節脱臼のテスト(第4章9)
6.胸郭出口症候群のテスト(第4章11)
肩の基本的な動き
1.肩甲骨の基本的な動き.肩鎖関節,胸鎖関節とともに上腕骨と共同作業で10の動きで人体最大の可動域を実現
2.(広義の)肩関節の基本的な動き.肩甲骨のおかげで9つの動きを実現
略語一覧
索 引
私の書架にある1冊の本が若い整形外科医であった私の肩関節への興味を引き出してくれました.ラインマーカーで一杯のその本は,先日ご逝去なさった信原克哉先生ご執筆の「肩-その機能と臨床-(第2版,1987年発刊)」で,これは私にとっての肩関節外科のバイブルとなっています.
このたび肩関節外科医を目指す(あるいは少しでも興味のある)現在の若手整形外科医にとってのバイブルともいえる本が西中直也先生によって執筆されました.「シンプル思考」ってなんだろう?「4つの安定化機構」とは?と,いきなりタイトルから興味をそそられます.「上腕骨と肩甲骨で構成される肩関節は,夫婦や恋人同士といった人間関係と似ています」という思わず笑みがもれる文章で始まる本の内容は大変わかりやすく,語り口もマイルドで,西中先生のお人柄を表しているようです.第2章で「4つの安定化機構」についての説明があり,第4章でそれらの安定化機構の破綻という観点から見たさまざまな肩疾患が解説されます.腱板損傷や投球障害肩などの代表的な疾患も,安定化機構の破綻が原因であると考えると,大変理解しやすいことがわかります.特に複雑な病態であると考えられがちな投球障害肩には多くの頁を割いておられますが,その本態がhyper-angulationとhorizontal slipであるという記述は,長年投球障害肩の治療に取り組んでこられた西中先生の面目躍如たる部分です.代表的な症例提示や時々挟まれるコラムも理解の助けになります.肩関節疾患治療において中心的な役割を果たすリハビリテーションに関しても,具体的な記述や写真を使って解説してくださっており,明日からの診療に役立つものです.
さてこの本の中で,私がとりわけ興味をもったのは,肩甲骨の異常運動が肩関節障害の諸悪の根源であると喝破した第3章です.scapula reverse,シュラッグ,scapula wingという3つの肩甲骨異常運動が多くの障害を引き起こしていることは私にとって驚きで,この3つの異常運動を正確に診断し,その治療を行うことで多くの症状の改善がみられるという記載には刮目させられました.
このように肩関節に対する愛情にあふれたこの教科書は,皆さんにとって肩関節外科への導きの書になることは疑いありません.早速ラインマーカーを引かねば…と思ったら,すでに西中先生が大事なところにはラインマーカーを引いてくださっていました(笑).
(「臨床スポーツ医学」2024年8月号(41巻8号)掲載)