初学者にも指導者にも役立つ臨床家のための実践書!
PT・OTのための
高次脳機能障害ABC
内容
序文
主要目次
書評
☆図版62点,カラー写真16点,モノクロ写真72点
1979年4月,筆者はその頃はまだ存続していた国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院(通称清瀬リハ学院)の理学療法学科15期生として卒業し長野県鹿教湯病院に着任した.当時リハビリテーション病院の多くは鹿教湯,七沢,有馬など風光明媚な温泉地に立地していて,現在でいう回復期から維持期の症例を対象としていたのである.その鹿教湯で駆け出しの新人であった筆者が,最初に担当した症例は発症3ヵ月経過し重度の左片麻痺を呈し,顔面は右を向き,介助立位を試みると所謂健側下肢で強く押して抵抗する患者であった.今思えばその病態が半側空間無視とPusher現象の合併例であることは容易に理解でき,またその対応にも一定の方法を講ずることも可能であるが,拙い臨床実習経験しか持ち合わせていなかった筆者には衝撃の出会いとなった.学院時代にこの領域のトップランナーであった鎌倉矩子先生(老人総合研究所,当時)から教授された1コマ~ 2コマ分の講義ノートをひっくり返して文字通り必死で理学療法プログラムを試行したのである.HécaenとAlbertの「Human Neuropsychology」が出版されたのが1978年,高次脳機能障害に関する情報に飢えていた筆者が早速その原著を入手したのが1981年8月のことであり,爾来この領域における評価法,治療アプローチに臨床家として関心を強く寄せてきた.
「脳の時代」である21世紀の今日,高次脳機能,ニューロリハビリテーション,認知リハビリテーションなどの命題は,いまや完全に市民権を得て,数少ない神経学者,神経心理学者の掌の枠外に展開して多くのリハビリテーションのセラピストが直面する重要な課題となったのである.現在では「高次脳機能障害」に関する多数の文献,書籍が存在し,むしろ情報の整理が必要となっている.そのため脳血管障害,脳外傷などによ
る「脳損傷例brain-damaged」の評価,治療,リハビリテーションに携わる関係者にとっては,基本的かつ不可欠な事項を理解して臨床的適用に反映することが求められている.
本書は,その書名(ABC)が示すようにリハビリテーション関連の学生,臨床経験の浅い初学者を基本的な対象と想定しているが,一方指導的立場にある経験者にあっても知識・情報を整理して新たな展望を拓くことにも役立つものと確信する.その意味では,本書は理論書ではなく臨床家(professional)のための実践書であることを宣言(profess)しておきたい.本書に示された内容を一つのステップとして活用していただき,臨床現場からの批判を礎としてさらに洗練していくことが使命であると考えている.
筆者を代表して
2015年初冬
首都大学東京人間健康科学研究科 網本 和
高次脳機能障害のABC
A 高次脳機能障害をめぐって(aspects of higher brain dysfunction)
B 脳の可塑性(brain plasticity)
C 認知リハビリテーション(cognitive rehabilitation)
第2章 高次脳機能障害の実際
1 意識障害
1) 意識障害とは?
2) 意識の中枢はどこ?
3) 意識障害の原因は?
4) 重症の意識障害患者の大切なサイン
5) 意識障害を評価する
6) 意識障害の判断に迷う病態
7) 意識障害に対するアプローチ
8) 評価と治療アプローチの流れ
9) 症例提示
10)治療経過のまとめと解釈
11)ADVANCED LEVEL▶頭部画像から診る意識障害
12)まとめ
2 注意障害
1) 注意とは?
2) 注意障害の評価
1) 机上検査
2) 日常生活の観察による評価
3) 注意障害の責任病巣
4) 注意障害に対するアプローチ
5) 治療アプローチ決定までの流れ
6) 症例提示
7) ADVANCED LEVEL▶運動課題と認知課題,どちらの処理を優先する?
8) まとめ
3 認知症
1) 認知症とは?
2) なぜ認知症が出現するのか?
3) 認知症に伴う症状は?
4) 認知症に対する評価は?
5) 認知症に対するアプローチは?
1. 認知トレーニング
2. 運動療法
3. 日常生活への支援
4. 介護者への支援
6) 評価と治療アプローチの流れ
7) 症例提示
1. 基本情報
2. 特別養護老人ホーム入居時の評価
8) 初期評価中の担当セラピストの考察内容と治療経過
9) ADVANCED LEVEL▶日常生活動作の基礎となる機能を向上する
10)まとめ
4 失語症
1) 失語症とは?
2) 失語症のタイプと症状,損傷部位
1. 失語症研究の流れ
1) 古典論─ウェルニッケ-リヒトハイムのモデル
2) ボストン学派による失語症候群
3) 失語症研究の最近の動向
1. 認知神経心理学的アプローチ
2. 計算論的認知神経心理学
3. 表出や理解に影響を及ぼす語の属性
4) 失語症の評価と訓練
1. 評 価
2. 訓 練
5) ADVANCED LEVEL▶ブローカ失語およびウェルニッケ失語患者における文の発話
1. 文発話のプロセス
1) 語彙プロセス:XバーとD構造
2) 統語処理とS構造
3) 形態・音韻処理
2. ブローカ失語における文発話の障害─助詞の誤用
1) 仮名単語,仮名非語の音読
2) 名詞,動詞,助詞の読み
3) 助詞の音読成績と頻度
4) 患者Aの音読障害と文法障害
3. ウェルニッケ失語患者の発話─意味不明のジャーゴン発話
1) 動詞の活用検査
2) 外国語話者のジャーゴン発話
4. 脳の損傷部位と症状
6) まとめ
5 失行症
1) 失行とは?
2) なぜ失行が出現するのか?
3) 失行にはどのような種類があるのか?
4) 脳のどこが損傷されると出現するのか?
5) 失行を評価する
6) 失行に対するアプローチ
7) 評価とアプローチの流れ
8) 症例提示
9) ADVANCED LEVEL▶失行メカニズムの解明に向けて
10)まとめ
6 失認症
1) 失認とは?
2) なぜ失認が出現するのか?
3) 失認にはどのような種類があるのか?
4) 脳のどこが損傷されると出現するのか?
5) 失認を評価する
6) 失認に対するアプローチ
7) 評価とアプローチの流れ
8) 症例提示
9) 動く対象の認知
10)まとめ
7 半側空間無視
1) 半側空間無視とは?
2) 半側空間無視の一般的症状
3) 左側が見えないのか?
4) なぜ無視が生じるのか?(症候学的仮説)
5) 脳のどこが損傷すると半側空間無視が生じるのか?
6) なぜ無視が生じるのか?(神経科学的仮説)
7) 半側空間無視だけか?
8) 半側空間無視の評価
9) 半側空間無視へのアプローチ
10)評価と治療アプローチの流れ
11)症例提示
12)ADVANCED LEVEL▶視覚的注意の制御
13)まとめ
8 Pusher現象
1) Pusher現象とは?
2) なぜPusher現象が出現するのか?
3) 脳のどこが損傷されると出現するのか?
4) 麻痺側へ傾いているからといって,すべてがPusher現象ではない!
5) Pusher現象を評価する
6) Pusher現象に対するアプローチ
7) 評価と治療アプローチの流れ
8) 症例提示
9) 初期評価中の担当セラピストの考察内容と治療経過
10)ADVANCED LEVEL▶脳機能解剖の視点からの戦略
11)まとめ
9 記憶障害
1) 記憶障害とは?
2) 記憶にもいろいろな種類がある
1. 記憶している時間による分類
2. 生活時間の流れに沿った分類
1) 過去から積み上げられてきた記憶
2) 現在の意識を作り上げている記憶
3) 近未来に予定した行動を駆動する記憶
3) 記憶障害にもいろいろなタイプがある
1. 純粋健忘症候群
2. コルサコフ症候群
3. 頭部外傷後遺症による健忘症状
4. 意味記憶障害
4) 記憶障害をどのように検査するか
5) 記憶障害のリハビリテーション(「脳トレ」「メモ取れ」「枠はめ」トレーニング)
6) ADVANCED LEVEL▶障害の気づき(アウェアネス)へのアプローチ
7) 認知症の記憶障害に対する対応
8) 症例提示
9) まとめ
10 遂行機能障害
1) 遂行機能とは?
2) 前頭葉機能を理解するための枠組み
3) 遂行機能の検査にはどのようなものがあるか
4) 遂行機能障害によって社会生活に起きそうな問題を予想する
5) 遂行機能障害のリハビリテーション
1. 遂行機能障害の改善を目指す直接トレーニング
2. 遂行機能障害を有する患者の日常生活への適応を向上させるアプローチ
3. 遂行機能障害を有する患者の就労支援
4. 遂行機能障害の外的代償手段
5. まとめ
6) ADVANCED LEVEL▶前頭葉損傷による物品の系列的操作の障害
─action disorganization syndrome─
7) まとめ
第3章 解剖学的基盤と画像診断
1 画像の診かたの基礎
1) 機能解剖の基礎
2) 形態画像と機能画像
2 前頭葉障害画像と臨床症状
1) 発動性の低下(アパシー)
2) ワーキングメモリーの障害
3) 遂行機能障害
4) 注意障害
5) 流暢性の障害
6) 病識の低下
7) 情緒・感情のコントロールの障害
8) 道具の強迫的使用・他人の手徴候(alien hand)
9) 展望的記憶の障害
10)運動障害
3 頭頂葉障害画像と臨床症状
1) 右頭頂葉
2) 左頭頂葉
4 側頭葉障害画像と臨床症状
1) 聴覚情報の処理の障害
2) 記憶障害
3) クリューヴァー・ビューシー症候群
5 後頭葉障害画像と臨床症状
1) 一次視覚野(17野)を主とする障害
2) 二次視覚野(18野,19野)を主とする障害
3) 相貌失認
4) バリント症候群
5) 同時失認
6) 街並失認
6 基底核障害画像と臨床症状
1) 基底核の構造と機能,大脳半球との線維連絡
2) 視床の構造と機能,大脳半球との線維連絡
7 fMRI,fNIRSなど脳機能画像
1) ニューロイメージングの技術が脳機能を視覚化する
2) fMRI(機能的MRI)は脳活動の何を見ているのか
3) fMRIの実際
4) fNIRS(機能的NIRS)は脳活動の何を見ているのか
5) fNIRSの実際
6) fMRI/fNIRSを利用した脳卒中の機能回復に関する研究
索引
「リハビリテーション医療の中で難渋する症状を挙げよ」と言われれば,おそらく真っ先に挙がるのが高次脳機能障害ではないだろうか.なぜなら,複雑な脳のシステム機能から高次機能は生み出されていることから,脳損傷後にみられる高次脳機能障害は実にその現象が多彩であり,介入が一筋縄ではいかないためである.また,介入方法のエビデンスがいまだ明確でなく,療法士の技術というよりも課題をどのように組み立てるかといった想像・創造力に委ねられているからである.
本書はこれまでの症候学的観点から,「意識障害」「注意障害」「認知症」「失語症」「失行症」「失認症」「半側空間無視」「Pusher現象」「記憶障害」「遂行機能障害」の10の症状に分け,その現象,メカニズム(仮説を含む),評価,そして治療アプローチについて系統立って書かれている.本書は古典的症候学から現代の神経科学的知見までおおよそ網羅されており,初学者にとっては本書のタイトルにもあるように,まさに「ABC」とまずは押さえておくべき知見が平易に解説されている.とりわけ図表が多く使用され,視覚的にも学習しやすいところが特徴である.さらに,そのほとんどで症例提示されており,臨床経験の浅い療法士にとってはその流れがイメージしやすいのではないかと思う.
一方,本書の最大の特徴は解剖学的基盤と画像診断が盛り込まれている点ではないだろうか.画像を読解し,症状との整合性を図り,そして障害の予後を予測しながら臨床介入していくことは,高次脳機能障害に対する臨床手続きとして欠かせない.画像を読み取ることが可能であれば、何という脳の機能がまだ生かされ,そしてどのような介入であればそれをさらに賦活させることができるかなど,明確な臨床介入のビジョンを持つことができる.これまでの臨床はそれを無視してきた傾向にある.本書を読み進めることで,そうした問題が払拭できるのではないかと期待できる.
本書は首都大学東京の網本和教授とそこに関係する諸氏の協力の賜である.網本先生はこれまで一貫して高次脳機能障害の臨床・研究・教育に従事されてきた.そして執筆者の顔ぶれをみると今なお第一線で臨床研究されている方々である.網本先生の長きにわたる経験に基づいた視点,そして分担執筆された方々の現在進行形の情報,それらは信頼できる情報以外の何物でもない.
今回は脳の局在を中心にそのメカニズム・評価・介入方法が示されているが,現在発展し続けている白質線維の損傷を捉える手法に基づき,その病態・評価・治療アプローチが語られる時代はすぐそこに来ている.できれば,それらに基づく新しい情報を組み込んだ第2版へと今後進展することを期待したい.
いずれにしても,本書は多くの療法士や関係職種・学生の皆様に手にとっていただきたい良書として自信を持って薦めることができる.
(「理学療法ジャーナル」 50(3):291,2016 掲載)